内燃機屋にすぎないのに、OKKのタレットミラーと言ってマシニングセンターの原型のような機械を導入したときには工業新聞が取材に来たそうです。同時1軸制御で記憶装置はなく、紙テープで動かすNCフライスのようなものでした。
僕はパソコンなどというものがまだ何の役にも立たない面倒な箱だった時代から、興味津々でいじっていました。ただのユーザーとしてでですが。
まだインターネットのない時代に電話回線を通じてパソコン通信というものをやっていました。Nifty。
いつかこのような機器を通じて、人々が自分の考えを文字だけでなく画像も送って直接多くの人とやりとりできる夢のような時代が来るのだろう。そう思っていましたが、まさが自分が動画を作ってアップするようになるとは思いませんでした。
そう、夢のような時代がまさに到来したのです。
以前は自分の意見を伝えようにも一般の人間にはそんな手段は与えられていませんでした。雑誌や新聞に意見を載せるなんて、どうやったらいいかわかりません。それでも僕は頑張って専門誌に意見を書けるところまではたどり着きました。それが精一杯。
でも、今は違います。僕たちにはなんだってできる手段が提供されたんです。この貴重な手段をくだらないことや間違ったことに使うべきではありませんよね。よく調べもせず条件反射のように為政者の悪口を言って気晴らしをしている投稿などを見ると情けなくなります。
おっと脱線しましたが、会社としてもごく早い時期に自分でHTMLでHPを作りレンタル掲示板を使って内燃機仕事の受注を始めました。技師たちから見ると「社長は仕事もせず営業にも行かないで、毎日パソコンをいじって遊んでばかりいる」としか見えなかったようです。そんなものが何の役に立つのか、想像がつかなかったみたいです。自分でも半信半疑でしたから当然ですね。
でも、今はネットを通しての受注は大きな比率を占めています。日本全国からお仕事をいただける理由はネットでの発信と雑誌の影響以外にはあり得ません。
冒頭に述べた工作機械についてもNC旋盤やマシニングセンターをどんどん入れました。これ、昨日書いた下請量産仕事の引き上げにあった直後のことなんです。当時専務だった僕も若くて度胸がありました。機械を入れれば、絶対仕事なんてとってみせるから!って仕事もないのに機械を買っちゃったんですからね。よく親父も許してくれたもんです。そしたら、本当に仕事が取れました。それがのちのHONDAさんからの2ストシリンダー 製作依頼につながる仕事でした。
いま削り出しのシリンダー やヘッドの製作に取り組んでいますよね。これも未来を先取りしようとしているんです。3D-CAD/CAMの技術とマシニングセンターなどの最先端の機械加工技術を組み合わせることによって、大量生産ではなくお客様のご希望に沿った単品製作や少量生産の部品製作システムが作れるのではないか。
大量生産の象徴のようなエンジン部品生産を、なんと個別の製作にしてしまおうなんて! なんてふざけた発想でしょう。面白くないですか?(^o^)
単なる工場労働ではなく、職人が誇りを持って取り組めるエンジン部品製作。ビスポークの靴造りやテーラーメードでスーツを仕立てるような物作り。
ウィリアム・モリスのアーツアンドクラフツ運動が目指した職人仕事の復権。生活とアートが一致した中世の職人のプライド。生きることそのものがアートであるような仕事の仕方が、最先端の技術を先取りすることで実現できるのではないか。なんてね。 やっぱりiBは新しもの好きだと思うんです。
そして実はiBのこの古びた工場が、実は僕の最高のアート作品なのだとも思っているんです。

