2011年02月23日

HONDA RS125R

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昨年の1月号 別冊モーターサイクル誌です。
IBの記事が載っているわけではありません。

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このRS125Rの記事がよみたくて、昨日取り寄せしました。

RS125Rというバイクは当社にとって、かけがえのない貴重なバイクだったんだなあ、と最近思い知らされたので調べてみる気になりました。

きっかけは先日もご紹介したMOTO MAINTENANCEさんの記事です。
当社の2ストの技術が昔HRCの仕事をやらせていただいたことに始まっていることを記事でとりあげていただいたので、
それを読みかえしているうちに昔のことをいろいろと思い出したんです。

僕が大学を出てIBに入社して、はじめは現場で6軸のタレットミラーという機械で加工のを勉強していました。
でも、2年ほどすると現場の仕事だけ僕がやっていてもこの会社伸びそうもないと思って、ほんとは苦手意識もあったんですがオヤジに言って営業の仕事を買って出たんです。現場には熟練の職人さんがいっぱいいましたしね。

これが1982年だったんです。当初シリンダーの受注に成功した時はまだRSCでした。僕はこの仕事がとりたくてしょうがなかったんです。だって、言ってみれば世界最高のシリンダーの製作をやらせてもらえるっていうことですものね。

別冊の記事を見るとそのRSCがHRCに組織を改編されたのが82年9月ということですので、ちょうど僕が動き始めた頃がHRCさんも日本国内のレースの盛り上がりに合わせるように立ち上がって行くまさにその時だったんですね。なんという幸運でしょう!!

HRCははじめ朝霞のホンダさんの工場内にあったのが、いつのまにか川越街道からもよく見えるトリコロールのビルディングになっていました。

モトメンテさんにも書いていただきましたが、エキゾーストポートの柱の逃がしという加工のやりかたを僕が考えてうまくいって、シリンダーの生産が軌道に乗りました。
エキゾーストポートの真ん中に柱が立っている、というのがホンダ2ストシリンダーの最大の特徴で高性能の理由ですものね。

別冊によると、世界にこれほどたくさん造られた単一機種の市販レーサーというのは他には存在しない。その立ち上がりの時期に僕はうまくその仕事を受注できちゃったわけで、こんな幸運ってあり得ない!今更ながらそう思っています。

この受注とその時の信用がなければ、その後の今に繋がるサービスパーツの2ストシリンダー受注だってなかったでしょうし、今のIBの姿はなかったでしょう。

実は最初に見積もりした時、HRCさんにあきれられたんです。見積もった金額が「安すぎる」って言うんです。
「そんな値段でできるわけないだろ!見積もりなおせ!!」ですって?!?

同行したうちの工場長と顔を見合わせてしまいました。(^o^)「あれって本気で言ってたんだよね?」って。
あとにも先にも見積もり価格を値切られた事はあっても、無理矢理値上げさせられたのはあの時だけですね。ははは。
「値切る」の反対語ってなんて言うんでしょう。ありませんよね?(^o^)

まあ、その時点では2ストレーサーの加工があんなにたいへんだとはわかってなかったので(上述の柱やポート面取り・排気デバイスの孔位置やあらゆる精度の高さ)工数を見誤っていたんでしょう。HRCさんとしても主力の機種の心臓部を安請け合いして途中で投げ出されても困るから、ということでご指導いただいたんでしょうね。ありがたいことでした。

今から考えれば冷や汗ものですけど、まあ、僕らも無我夢中でがんばりました。

必ずシリンダーのアルミ鋳物の生産がトラブって素材供給が遅れるんです。その分納期を僕らの機械加工で取り戻さなくてはならない。
だから毎年レースシーズン前の今頃は休出や徹夜でしたね。

懐かしいです。

今もウチはNSR250Rのクランク再生やシリンダーの再メッキを得意にしてやっています。
2ストスリーブ製作なんていうことができるのも、この頃の経験がベースになっています。

RS125RとRS250R。2スト技術という点で、僕らを育ててくれた最も大事なバイクですね。

今年から250の4ストのバイクがRSに変わってレースの底辺をささえていくんだそうですね。
ほんとうに一つの時代が終わったんだと思います。





posted by sotaro at 15:47| 埼玉 ☁| Comment(8) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
大変な思い出の中で、現在の井上ボーリングさんが
成り立っているのですね。だから1顧客としても、
安心して任せられます…(^^

しかしRSのシリンダーに携わっていた事は
存じてましたが、値切りではなく上げろとは…。

今の自動車&バイクメーカーでは、考えられない
事ですね。下請けイジメは当たり前ですので…。
Posted by .R1-Z黒 at 2011年02月23日 17:04
RSCからHRCって新会社になったね。
この頃はツクバサーキットだ峠だ湾岸だと夜な夜な走り回ってました。

創意工夫

同じ道具も基本と特性を理解して多能化させる

それを思いつくのも創りあげるのも人

ってことですね〜

働いている皆さんが真面目なんですね。
素晴らしい♪

まだまだ頑張てくださいね。
Posted by おいちゃま! at 2011年02月24日 06:58
なんとも重厚なエピソードですね。
そんなシリンダーを私も一時使っていたんだな〜って思いました。
歴史は創られるのではなく創るのですね。
私も自分なりのトライアル(お試し)を続けていきます。
素敵なお話有難う御座いました。
Posted by 原ちゃん at 2011年02月24日 08:17
R1-Z黒様、コメントありがとうございます。
確かに下請けはつらいです。(^o^)あんなことは今後も2度とないでしょうね。希有な経験をさせてもらいました。

今は脱下請けにほぼ成功できてほんとうによかったと思います。これもご愛顧いただいているみなさんのおかげです。
こころより感謝致します。

ありがとうございます!!
Posted by IB井上 #329 at 2011年02月24日 12:21
おいちゃま!いつもどうも。
もちろんRS125Rの時代が終わったとはいえ、僕らはこれからもバリバリ仕事をしていきますよ!
っていうか最近はほんとうに仕事が愉しいです。(^o^)

Posted by IB井上 #329 at 2011年02月24日 12:23
原ちゃん、どうもです!
ウチの造ったシリンダーを原ちゃんも使ってくれてたんですね。

ほんとにたくさんのかたが、RS125Rでレース経験を積まれたんでしょうね。そういう仕事をさせてもらうことができたのは、ほんとうにシアワセなことだと思います。

Posted by IB井上 #329 at 2011年02月24日 12:24
こんにちは〜

この時期の事を書いた書籍だと富樫ヨーコさんの「いつか勝てる」を持ってましてNR500〜NS500の時代のホンダの取り組みを描いた作品で、確か焼き付き対策でニカジルメッキをマーレーに委託すると時間がかかり苦労した話がありました

実は今本屋でレーサーズって雑誌の最新号が出てて特集がNV0「84年型NSR500」だったんで買ってきました

一般に失敗作と評されあまり詳細が表に出ないマシンなんで内容が楽しみです(^^)v
Posted by アニー山田 at 2011年02月24日 18:01
アニー山田様、コメントありがとうございます。
いやー、なんだか凄いマニアックなところに興味をお持ちなんですねー!
メッキはいつになってもなかなかたいへんです。
今もウチでは必死の取り組みが続いています。(^^)

Posted by IB井上 #329 at 2011年02月24日 18:58
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