2009年03月20日

大量消費と民主主義

前回、大量消費と自分の会社のあり方について思いついて考えてみました。

2009/3/13のblog「大量消費とは何か」
http://ibg.seesaa.net/article/115557419.html

この時は日本はすでに大量消費の時代を脱して、次の文明の段階に進むべきではないかと思ったんです。

ただ、そのことを考えているうちにちょっとまた思いついたことがあって、そうはいっても、石油工業文明と大量消費社会というのは民主主義にとっては実はとても都合のよいことだったりするんじゃないかということに気がつきました。

だって、大量消費社会は大量な品物を買ってくれる健全な経済状態の膨大な数の民衆を必要としているでしょう?

大企業が賃上げに応じる理由は、労働者の経済状態がよくないと大量に製品を売りさばくことができないから、ですよね。

つまり大企業は別に社会福祉のためじゃないけど自分の存立のためにも、経済的に健全な多くの民衆を必要としているわけです。それはとてもいいことですよね?結果的に多くの人々が経済的に成り立つ経済システムを作り上げようと努力することになります。市場がなくては物が売れませんから。それには民衆が主人公のシステム=民主主義が最適だ。民主主義って実はこういうことなのではないでしょうか。

どんなイデオロギーだって結局経済と切り離しては成立しません。
社会主義は経済競争で資本主義に負けてしまって(別に戦争で負けた訳でもないのに)経済を思うように発展させられないのがわかってしまったので、過去のものになってしまいました。
どんなに崇高な理念に基づいていても経済を発展させられないシステムは生き残れないんですね。

大量消費社会は大量廃棄を伴い非エコだという弊害はあるかもしれないけど、一方で上のように大量の健全な民衆を必要とするという理由から、民主主義の成立にとってはプラスなのではないでしょうか。

例えばこれからの未来社会で中世のように(あるいは中世に憧れたウィリアム・モリスのアーツ・アンド・クラフツ運動的に)手作り経済がもし徹底されてしまうと、そういう社会は民衆を必要としないかもしれません。それは逆におそろしいですよね。
まあ、もとより中世に戻るとか江戸時代に戻るなんてできっこないですけどね。

そういう少数の高級な製品は少数の大金持ち(貴族とか)が買ってくれればそれでいい。実は手作り経済は王制のような封建社会となじみがよかったということなのではないでしょうか。

そう考えるとウィリアム・モリスの製品も高価で、富裕な人にしか買えなかったというエピソードは象徴的ですよね。

エコの運動は大事ですけれども、エコに徹して経済の発展を無視してしまって、そのことが民主主義の成立を困難にしてしまったのではなんにもならないですよね。(世界にはまだ民主主義が隅々まで行き渡っていません。)
エコと経済をどうしても両立させなくてはなりません。ここが大事なところだと思います。

ただ、ひとびとはそれでも成長の限界を繊細に感じて、発展や進化をのぞまない方向に感性は振れて行く。それはとどめることができないように僕には思えます。そういう感性を受けとめつつ、でも経済成長も達成して行く必要があるということでしょうか。

だとすると、なかなか難しいなあ。でも、世界が進むべき道はここにしかないような気がします。


やっぱり世界を理解するにはある程度世界の複雑さを受け入れないとね。
ブッシュみたいに黒か白かっていうわけにはいかないんですよ、きっと。

技術的にはエネルギーをたとえば太陽光から上手に取り出すというようなことができるようになるかもしれません。それでも人口爆発の危機や地球に養える人口の限界と言うのはあるような気がするし、人々の資源有限感、成長の限界感みたいなものはたぶんなくならないでしょう。

でも、だからこそそこにウチのような零細企業の生きる道があるんじゃないか、ということを今僕は考え始めています。世界全体は民主主義を維持するためにも大企業や大量消費を必要としている。それに大量生産システムを今すぐやめてしまう訳にはいかない。

ですから大企業は大企業で可能な限りエコな製品作り・エコな生産システム・リサイクル・リユースの仕組みを作ることに真剣に取り組む必要があるでしょう。でもそれにはやはり時間がかかる。

ところが人々のエコに対する感性・意識は今後もさらに先鋭化する一方でしょう。そのニーズを誰かが受け止めなくてはならない。

そこでですよ。その空隙を埋める形で、小回りの効く小さな企業が役割を果たすべきなんだろうと思います。

小企業自体には世界を変えるほどの力はなくても、あるべき姿を示すことくらいはできるはずです。小企業の生産能力が小さいことも、上に書いたような理由でかえってそのような仕事に向いています。しかもそのような先端的なニーズを拾うことで、その小企業自体もきちんと利益をあげて存続していくことが大事だし、上手にやればできるのではないでしょうか。

それがやがては大きな企業のあり方にも影響を与え、社会全体を方向付けることにつながるのかもしれません。

そのような仕事ならば、仕事のスケールは小さいかもしれませんが、誇りを持って取り組みことができるようにも思います。

世界全体を中世に押し戻そうというのではなく、大量消費社会の中に手作り経済的な価値を取り入れることで社会の先端的な要求を満たす、と同時に未来のあるべき姿を提示しつつ、自己の存続も図ろうということですね。

まあ、なんと都合のいい、一石三鳥な考えでしょうか!わはは(^o^)!!


僕は一瞬、現代に於けるアーツ・アンド・クラフツ運動のような方向に懐疑的になりかけたんですが、もう一度思い直してやっぱりウチのような零細企業が目指す方向としてはそれが正しいという考えを、一度疑ったことでさらに強化できたような気がしています。





posted by sotaro at 09:59| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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